まさか母になるなんて

私はアメリカで母になった。

こんな人生誰が予想した?

 

 

 

 

 

かつて私が通っていた高校には英語科があった。

 

『将来外国に住む気もないのに、英語の勉強する意味がわからん。英語科のひとすげー。』

 

とか言っていた。

 

 

 ヘイヘイヘイヘイ、

16歳の私どんだけ視野狭いんだよ。笑

 

 

 

 

 

 

私がニューヨーク行きを決心したのは23歳の時。

職場の先輩が1ヶ月間ニューヨークに滞在したことがあると聞き、私もやってみたくなったのです。(単純)

 

 

とりあえず3か月行ってみよう。帰国後の事は帰ってから考えればいーや。まぁ30万あればなんとかなるでしょ。

 

 

 

そんな感じて旅ったのです。

 

 

 

 

帰国後、

 

 

ニューヨーク戻りたい戻りたい戻りたい戻りたい。

ニューヨークじゃなきゃやだやだやだやだやだ。

 

 

となりました。

でも、ビザもない、お金もない、仕事もない。

 

 

 

 

 

そこから1年計画で必死にお金を貯めました。本当に本当にこの1年は大変でしたが、ニューヨークに戻るためにひたすら働きました。この1年で出会った人々は、みんな私を応援してくれました。だから頑張れました。もう連絡を取ることがない方がほとんどですが、心から感謝しています。

 

 

 

 

そして2014年11月3日、再びニューヨークの地に降り立つことができました。

 

 

そこからまた闘いの日々。

 

 

でも、日本での苦労と違ったのは、ものすごい勢いで上に引き上げてくれる人に次々と出会えたこと。

 

 

お金はいつだってカツカツだったけど、知恵や経験をたくさん与えてもらった。おかげで、見たことのない景色をたくさん見せてもらうことができた。

 

 

だから良くしてくれた人たちの恩に報いるように、自分のできることを出来る限りやった。とにかく動いた。

 

 

そして次に舞い降りたご褒美...

 

 

 

プロポーズ。

 

 

自分でもびっくりした。

 

もうこのままダラダラ学生してても先が見えないかもと悩み始めた時期だった。

 

まさか自分が結婚する日がこんなに突然来るなんて思いもしなかった。ただ、よく帰り道にひとりトボトボ歩きながら、『家族が欲しい』と願っていたことをふと思い出した。

 

 

 

プロポーズの答えはもちろんYes。

 

 

 

 

 そして翌年の2月にこどもが産まれました。

アメリカの病院で産んだので、息子の国籍はアメリカ人。(21歳までは二重国籍ですが。)

 

 

その後無事グリーンカード(永住権)も届き、私は留学生から合法的なアメリカ在住者となりました。

 

 

 

 

こんな展開誰が予想した?笑

自分でも自分にびっくりする。ただひとつ言えるのは、限界までやったら必ずお助け船がやってくるということ。

 

 

自分の心に言い聞かせてみる。

【天からのご褒美はかなり太っ腹】

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